「すごいですね」で終わる商談——褒められているのに、決まらない理由
自分の強みを言葉にする。そして、人に会い続ける。
私はこの二つをやれば、売上は上がるものだと思っていました。実際、以前この場所で「紹介をもらえるのは能力がある人ではなく、関係を作れる人です」と書いたこともあります。
先日、営業の研修を四時間受けて、その前提が少し崩れました。二つとも足りていたのに動かない時期が、私自身にあったからです。
思い当たったのは、こういう商談です。話は弾む。丁寧に聞いてもらえる。「すごいですね」とも言われる。それなのに、後日の連絡が来ない。
抜けていたものが、一つはっきりしました。そして最後に、その抜けたものが致命傷になる商売と、ならない商売があることも分かりました。順に書きます。
商談が止まるのは、四つの場所しかありません
研修で最初に示されたのは、商談には四つの壁がある、という整理でした。
この会社、この人を信用していいのか
そもそも、自分に必要なのか
必要だとして、なぜこの人なのか
必要だとして、なぜ今なのか
講師の方はこう言っていました。商談は最後、受注か失注のどちらかになる。失注したなら、必ずこの四つのどこかにぶつかっている、と。
聞いた瞬間は、整理としてきれいだな、くらいの受け止めでした。効いてきたのは、壁ごとに使う道具が違う、という次の話からです。
信頼には、借りるものと貯めるものがあります
一つ目の不信の壁から見ていきます。
紹介があると、この壁は最初から低くなっています。誰かが間に入ってくれているので、初対面でも話を聞いてもらえる。私はこれを長らく「人脈があるから」と説明していましたが、正確ではありませんでした。起きているのは、紹介者の信頼を借りているということです。
借りものには、当然ながら制限があります。紹介者がいない場では効きませんし、会える人数にも上限があります。
一方で講師の方は、不信の壁の越え方をこうも説明していました。
身だしなみ・マナーはもちろんのこと、うちこんな会社ですよ、私こういう人ですよという会社案内・自己紹介、これが非常に重要です。……自社の実績だとか。あと、こういうのが意外に抜けがちですけど、自分がなぜ起業したのかという経緯や思いの部分が非常に重要になってきます。
これは、借りるほうではありません。自分で貯めるほうです。そして発信というのは、まさにこれを会う前に渡しておく行為だと思います。
信頼は、借りることもできるし、貯めることもできる。私はその両方をやってきました。だから一つ目の壁で困ったことは、あまりありませんでした。
それでも、真ん中だけは埋まりませんでした
問題は、この二つの道具がどこまで届くか、でした。
ネットワーキングは、一つ目の不信までです。借りた信頼は、信じてもらうところまでしか連れて行ってくれません。「あなたにこれが要る」とまでは言ってくれないのです。
発信は、もう少し広く届きます。会う前に信頼を貯めることもできるし、三つ目の不適——なぜあなたなのか、という問いにも答えられます。独自の価値を届けるのは、まさに発信の役目です。
ところが、真ん中の二つ目だけは、どちらも飛び越えてしまいます。記事を読んで「なるほど」と思ってもらえても、「だから自分に要る」までは連れていけない。ここだけは、その場で、相手の口から出てくるのを待つしかありませんでした。
そこに届く道具が、セールススキルです。具体的には、必要性を相手の口からしゃべってもらうこと——つまりヒアリングです。
ネットワーキング、セールス、マーケティング。私たちは普段これを全部まとめて「営業力」と呼んでいますが、中身はまったく別の三つの能力でした。
私が持っていたのは、両端の道具だけでした
この整理を自分に当てて、少し気まずくなりました。
私はある経営者の集まりに七年います。毎週人に会い、一対一で話を聞き、紹介をやり取りしてきました。信頼を借りることは、たぶん得意なほうです。
そして私は、経営者が自分の独自性を言葉にするための道具を作って、それを仕事にしています。信頼を貯めることも、独自の価値を届けることも、商品にするほど考えてきました。
抜けていたのは、真ん中のセールススキルだけでした。
信用してもらえる。独自性も説明できる。それなのに「では、お願いします」にならない期間が、確かにありました。当時の私は、自分の説明が下手なせいだと思っていました。もっと分かりやすく伝えられれば通るはずだ、と。
違いました。説明の質ではなく、説明していい順番に、まだ来ていなかったのです。
順番を飛ばすと、何が起きるのか
ここが、私にとっていちばん痛い部分でした。
「なぜ、あなたなのか」という問いは、「そもそも要るのか」が済んだ人の中にしか立ちません。
まだ要ると思っていない相手に独自性を語ると、どうなるか。相手の頭の中では、こう処理されます。「要らないものの中で、いちばん良いものらしい」。
丁寧に聞いてもらえます。「すごいですね」とも言われます。でも動きません。当たり前で、話している土俵が一段ずれているからです。
怖いのは、この状態が手応えとして悪くないことです。頷いてもらえるし、場も温まる。だから自分では「今日はいい商談だった」と思って帰ってしまいます。そして後日、連絡が来ません。
独自の価値を磨くことは、間違っていませんでした。磨いたものを出す場所が、一段早かっただけでした。
セールススキルとは、説明する力ではありませんでした
では、その二つ目はどうやって越えるのか。私はずっと、セールスとは自社の良さをうまく伝える力だと思っていました。講師の方の言葉で、それがひっくり返ります。
ここが、伝えるのが重要じゃなくて、ヒアリングのプロセスです。
自分から課題を決めつけるのは絶対にダメですよ。あくまで聞いて、お客様の口から語ってもらう。
聞いた瞬間、思い当たることがありました。私はこの工程を、ずっと「説明」でやろうとしていたのです。
相手の話を聞いて、課題を見つけて、それをこちらから言葉にして差し出す。親切のつもりでした。実際、相手は「確かにそうですね」と頷いてくれます。
でも、頷いた人は買いませんでした。
考えてみれば当然で、こちらが言った課題は、まだ相手のものになっていないからです。人は、自分が口に出したことしか本気で信じないのだと思います。
自分の商談を、秒単位で測ってみました
言われたことを自分に当ててみたくて、直近の商談の録音を測り直しました。何分の時点で自分が説明を始めたか、何分で金額を出したか、という単純な集計です。
結果は、思っていたより正直でした。
早く説明に入った商談ほど、止まっていました。三分で説明を始めた回は、そのあと相手から「他のサービスと何が違うのか分からない」と言われています。二つ目を飛ばして三つ目の話をしたので、比べる土俵に乗せられたわけです。
逆に、一時間以上ひたすら相手の仕事の話を聞いて、相手が自分の口で「それは、やっていきたい」と言ったあとに初めて提案した回は、先へ進みました。説明の中身は、どちらもほとんど同じです。違ったのは順番だけでした。
そして、もっと耳の痛い話があります。自社の契約を並べ直したとき、続いている方と離れていった方に、はっきりした違いがありました。続いているのは、ご自身で「発信しなければ」と先に思っていた方です。離れていったのは、私が「発信したほうがいいですよ」とお勧めした方でした。
研修でも、同じことを別の言い方で聞きました。
必要ないと思っている人に売ったとしても、それはただの押し売りで、契約したところで早期の解約につながる。
二つ目の壁を飛ばして売ると、受注できてしまうことがあります。ただ、その契約は後から崩れます。私の解約は、商品の出来の記録ではなく、売り方の記録だったのだと思います。
引き出すのは、質問を増やすことではありません
では具体的に何をするのか。「もっとヒアリングしよう」と思って質問を並べても、たいてい一般論しか返ってきません。
私が今いちばん使えると感じているのは、相手が言った事実を二つ並べて、その先だけ聞くというやり方です。
たとえば「お客様の九割は紹介から」と「半年で管理職の方が変わっていく」を、相手がそれぞれ別の場面で話されたとします。一つずつなら、ただの事実です。困りごとには聞こえません。
そこで、二つを並べてこう聞きます。
その「あいつ、変わったな」という話、紹介してくださっている九割の方は、ご存じですか。
答えは、相手の中から出てきます。私はまとめませんし、「だから発信が要るんです」とも言いません。並べるのはこちら、つなぐのは相手です。自分で言った事実どうしのつながりには、人は反論のしようがないからです。
ここで初めて、必要性が相手のものになります。二つ目の壁は、このときに越えます。
あなたの商売は、どちらですか
ここまで書いて、一つ補足しておきたいことがあります。この三つの道具は、全員に同じ配分で要るわけではありません。
分かれ目は、自分の側ではなく、相手が抱えている悩みの緊急度のほうにありました。
水漏れ、歯の痛み、訴訟。相手がすでに困っている商売では、二つ目の壁は最初から越えています。要るかどうかは本人が分かっているからです。勝負は三つ目の「なぜあなたなのか」に移ります。この場合、独自の価値がはっきりしていれば、それだけで通ることがあります。
ただし楽ではありません。講師の方はこう言っていました。
顕在化していると楽なんですけど、ただ顕在化していると競合が巻き込まれやすい。
困っていると分かっている相手には、同じことを考えた同業者が全員集まってきます。三つ目の壁が、そのぶん高くなるわけです。
逆に、発信、保険、研修、組織づくり。相手がまだ困っていない商売では、二つ目の壁が一番高くなります。ここで全部止まります。けれど越えてしまえば、そこに他の誰かが来ていることはあまりありません。
壁の高さが、手前と奥で入れ替わっているのだと思います。
私は以前、自分の商談でこう言ったことがあります。「発信って第二領域じゃないですか。緊急度が低いから」。自分で言っておきながら、その意味を分かっていませんでした。緊急度が低い商売を選んだ以上、セールスは付属品ではなく必須装備だった、ということです。
会社の看板が、どの壁を埋めていたのか
ここまで「セールススキルが抜けていた」と書いてきましたが、正確ではありませんでした。自分の来た道を四つの壁に当て直して、ようやく分かったことがあります。
私は新卒でリクルートに入り、六年半、住宅情報の営業をしていました。成績の良かった時期もあります。ただ、いまの整理で振り返ると、自分が越えていた壁と、会社が越えてくれていた壁は、はっきり分かれていました。
看板は、たしかに大きな仕事をしてくれていました。三つ目の不適——なぜこの商材なのか——は、商材が強いのでほとんど問題になりません。相手もすでに取引のあるクライアントです。
ただし一つ目の不信について、講師の方はこれを二つに分けて説明していました。
まずこの会社のことって信用して大丈夫なのかなとか、この目の前のこの人、この担当者のことって信用して大丈夫なのかな、と無意識に思ったりします。
会社のぶんは、看板が埋めてくれます。担当者のぶんは、埋めてくれません。
そして当時の自分がやっていた仕事を思い出すと、そこが要でした。相手が「いまの出稿で十分」と思っているところに、もう一段の提案をする。ただしそれは、押し込む話ではありませんでした。目標を高く置いている方や、その地域で一番を取ると決めている方に、自負を持って提案するという形です。
大きな提案をするには、大きく信じてもらう必要があります。提案の高さと、必要な信頼の量は比例していました。 だから担当者として信じてもらうことと、二つ目の不要を越えることは、あの頃の私の中でひと続きの仕事でした。
つまり私が六年半やっていたのは、担当者としての信頼を自分で作って、その上で、相手がまだ必要だと思っていないものを提案する、という二段です。そこが、自分の得意な場所でした。
独立してからは、三つとも自分で埋めることになりました。信頼をどう作るか、独自の価値をどう定義するか。手前の二つに、ほとんどの力を使ってきました。真ん中は、できなくなったのではなく、使わなくなっていたのだと思います。
そう考えると、緊急度の低いものを扱うこの仕事を選んだことも、偶然ではなかったのかもしれません。いちばん時間をかけて鍛えた場所が、そのまま主戦場になる商売を選んでいたわけです。腑に落ちるところがありました。
そしてもう一つ、これは私だけの話ではないと思います。会社員時代に営業をされていた方は、一度自分が越えていた壁と、会社の看板が越えてくれていた壁を分けてみるといいかもしれません。「自分は営業ができる」も「自分は営業が苦手だ」も、その区別をしないまま持っている感覚であることがあります。
四つ目は、越えにいかなくていい
四つ目の不急、つまり「なぜ今なのか」は、ずっと私の課題だと思っていました。最後に押しきる力が足りないのだ、と。
講師の方は、あっさりこう言いました。
不信と不要をきっちり越えて、ある程度まで行っていたら、不急は何もしなくても勝手に越えます。私、クロージングなんて全くしてないですよ。
つまり四つ目は、独立した壁というより前の三つを越えた結果でした。押しが弱いのではなく、手前が空いていただけだった、ということになります。
商談の終わりで粘っている時間は、たぶん、もっと手前に戻したほうがいいのだと思います。
それでも、言葉にしておくことは要ります
こう書くと、「では独自の価値を定義する必要はないのか」と思われるかもしれません。
私は、やはり要ると思っています。三つ目の壁は、それがなければ絶対に越えられません。緊急度の高い商売をされている方なら、そこが主戦場ですらあります。ただ、私のように緊急度の低いものを扱っている場合、使う場所が思っていたのとは違いました。
説明するために要るのではありませんでした。
相手が自分の言葉で語り出したとき、その中のどこが大事な一言なのかを、こちらが受け止められなければ商談は進みません。受け止めるには、自分の中に軸が要ります。軸がないまま聞くと、話がただ流れていきます。
定義しておくのは、話すためではなく、聞くためでした。
独自の価値を持って、人に会う。ここまでは、間違っていませんでした。マーケティングとネットワーキングは、確かに手元にありました。ただその二つだけでは、相手はまだ「自分に必要だ」とは思っていません。あいだにもう一つ、セールスという別の道具が要ります。
そしてその道具は、少なくとも私の場合、新しく買ってくるものではありませんでした。六年半かけて使い込んだあと、独立してから置いてきただけでした。同じような方は、たぶん少なくないと思います。
埋めるのは、うまい説明ではなく、相手に語ってもらうための問いのほうだったようです。
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