経営者のための発信コラム
「うちには書くことがない」と言う会社ほど、書くことがある
「うちには、発信するようなネタがなくて」
経営者の方から、いちばんよく聞く言葉です。そしてほとんどの場合、それは事実ではありません。ネタがないのではなく、すでに持っているものが、自分では見えていないだけなんです。
今日は、それがはっきり分かったセッションの話を書きます。
先日、ある経営者の方と1時間ほど、じっくり話す機会がありました。最初に簡単な診断をしてもらったところ、結果はこう出ました。
あなたの発信タイプは「言葉にできないタイプ」
考えはある。判断の基準もある。でも、それが言葉になっていない。
失礼な診断結果のようですが、ご本人は笑って「まあ、そうやな」と受け止めていました。そして実際、話してみるとまさにその通りだったんです。
十数年やってきたのに、どこにも書かれていない
その方の会社は、創業から十数年。業界では珍しい形をとっています。ふつうは専門を分けて、それぞれの会社が自分の領域だけを扱う。でもその方は、あえて全部を一社で持つという選び方をしていました。
これには、はっきりした理由がありました。あとで詳しく書きますが、明確な判断軸があるんです。
でも話を聞きながら、私はあることに気づきました。この話が、どこにも書かれていない。会社のサイトにも、代表挨拶にも、どこにも。十数年やってきて、いちばん芯にある考えが、外にも中にも出ていなかったんです。
これは、その方が怠慢だったからではありません。むしろ逆で、あまりにも当たり前になっていたからです。
なぜ、当たり前のことは言葉にならないのか
自分にとって当たり前になっているものは、意識に上がりません。空気を吸っていることをいちいち意識しないのと同じです。
十数年続けていれば、それは「そういうもの」になる。わざわざ説明することだと思わない
自分の会社の中にいると、他がどうしているかを見る場面は意外と少ない
「なぜそうしているんですか」と正面から問われる機会が、経営者にはほとんどない
3つ目が、けっこう大きいと思っています。社員は聞きにくい。お客様は聞く理由がない。同業は聞いてこない。問われないから、言葉にする機会そのものが訪れないんです。
問われて出てきたのは、断れなかった記憶だった
そこで、私はこう聞きました。「業界では専門に分けるのが普通なのに、なぜ全部を持つほうを選んだんですか」と。
少し間があって、返ってきたのは、独立する前の記憶でした。
専門特化の会社にいたころ、担当領域の外のお客様が来ることがあった。でも会社としては扱っていないので、断るしかない。わざわざ足を運んできてくれた人に、「うちでは対応できません」と言って帰ってもらう。それがずっと引っかかっていた、と。
そして、こう続けました。「誰も得せえへんよな」と。
お客様は目的を果たせないまま帰ることになる。会社も、売上になったはずの機会を逃している。誰も得をしていない。その感覚が、いまの会社の形をつくった——十数年前の話です。
この話が、どこにも書かれていませんでした。
専門特化が悪いわけではない、という話でもある
ここで誤解のないように書いておくと、その方は「専門に絞るのは間違いだ」とは一言も言っていません。むしろ逆で、専門に絞ることの合理性もちゃんと分かっているとおっしゃっていました。
扱う範囲が決まっていれば、業務は明確になる。人も育てやすい。会社としては、そのほうがずっと運営しやすい。それは分かったうえで、それでも「わざわざ来てくれたのに」という感覚が消えなかった。だから自分は別の道を選んだ、という話でした。
この「分かったうえで、あえてこちらを選んだ」という部分が、私は判断軸そのものだと思っています。
メリットとデメリットを両方知っていて、それでも選ぶ。その理由にこそ、その人らしさが出ます。逆に、良いところだけを並べた文章に説得力がないのは、この葛藤が抜けているからだと思います。
数分で出てきた記事に、本人が驚いた
その場で、話していただいた内容をもとに記事を1本つくりました。かかった時間は数分です。
出てきた文章を読んだご本人の反応が、印象に残っています。
自分が思っていることに、だいぶ近い
新しいことが書いてあったのではなく、普段考えていたことがそのまま文章になっていた。
ここが大事なところだと思っています。新しいことを教わったわけではないんです。もともと持っていたものが、読める形になっただけ。だから「近い」という感想になる。
逆に言えば、中身は全部その人の中にありました。足りなかったのは、それを引き出して並べる作業だけだったわけです。
そして、その文章は社内にも刺さるものになった
面白かったのは、できあがった記事が社外向けの宣伝文にならなかったことです。
内容はこういうものでした。「うちはなんでもできる会社です」と言うとき、本質的には何を言っているのか。なぜこの形を選んだのか。そして——部署が分かれて日々が過ぎるなかで、その理由が現場に伝わっている自信が、正直あまりない、と。
最後は、社員への問いかけで終わっていました。専門外の相談が来たとき、渡すルートはちゃんと機能しているか。それとも、どこかで詰まっているか。日々の仕事のなかで、どこかで断る理由を探していないか、と。
宣伝ではありません。経営者が、自分の会社に問いかけている文章です。
こういうものは、外注のライターには書けないと思います。会社の良いところを取材してまとめることはできても、「伝わっている自信がない」という弱さまでは書けない。それは本人の中からしか出てこないからです。
自分で試すなら、この問いから
もし一人でやってみるなら、次の3つを紙に書き出してみるのがいいと思います。どれも「なぜ」で終わっているのがポイントです。
そして、なぜやらないのか。ここに判断軸がいちばん出ます
断る基準は「何を大事にしているか」の裏返しです
多くの場合、独立前や創業初期の「引っかかった経験」に行き着きます
コツは、答えが出たあとにもう一度「なぜ?」と自分に聞くことです。一度目の答えはたいてい一般論で終わります。二度目、三度目でようやく、自分の言葉になっていきます。
今回のセッションでも、最初に返ってきたのは「提案の幅が広いから、納得してもらえる」という言葉でした。間違ってはいませんが、これだけでは他社も言えます。そこから「なぜ幅を持たせたのか」と掘って、ようやく断れなかった記憶にたどり着いたわけです。
「書くことがない」会社ほど、書くことがある
最初に戻ります。もし今、「うちには発信するようなネタがない」と感じているなら、たぶんそれは違います。
何年も会社を続けてきて、判断軸がないわけがないんです。値付けの基準、断る仕事の基準、採用で見ているところ、同業がやっていて自分はやらないこと。全部、判断軸です。
ただ、それが当たり前になりすぎていて、価値に見えていない。そして誰も問うてくれないから、言葉になる機会がない。それだけのことだと思います。
そして、いざ言葉になったとき——それは会社のサイトに載る文章にもなるし、社員に読んでもらう文章にもなります。十数年分の判断が、ようやく読める形になるわけです。
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